バイオグラフィー

PROFILE

MAIKO写真
  • 片桐舞子

  • 誕生日:5月31日
  • 血液型:A型
  • 出身地:群馬県桐生市
  • 趣味:読書、買い物、ゲーム
  • 特技:寝言で会話、日本舞踊、民謡
  • 夢:「アリエルになること。でも、魔法使いになる夢も捨てられません。。。」
NAUTY BO-Z写真
  • 河井純一 a.k.a. NAUGHTY BO-Z

  • 誕生日:5月7日
  • 血液型:O型
  • 身長:173cm
  • 出身地:埼玉県入間市
  • 趣味:ドライブ、ゲーム、ガンダム集め
  • 特技:バスケ、バック駐車、しゃっくりを一回で止める
  • 夢:「美味しいご飯をお腹いっぱい食べたいです。」
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MAY'S?

ボーカルの片桐舞子は群馬県出身、片桐会片桐流民謡の家元。両親ともに師範という、唄と日本舞踊のサラブレッドである。2005年11月に、集英社ファッション誌「MORE」のTVCMソング 「Sha la la…」を含む、ミニアルバム『Drawing』を発売。また2006年6月に発売した12inch限定リミックスがCISCOやDMRなど大手レコードショップで総合1 位を獲得するなど、本格派R&Bの一面と極上POPSの一面を兼ね備えた、類い稀なユニット。トラックメイカーの河井純一がこだわる「本物の真似事ではなく、あくまでも"日本人のための音楽"」というテーマは、ジャンル・性別・世代を超え、日本人の心の琴線を振るわせている。飾らずに直球で伝える片桐舞子の歌詞は、全世代の女性層から圧倒的な支持を受けている。

2006年9月13日、1stアルバム「Beginning」を発売。そして同年、盟友CLIFF EDGEに楽曲提供・フィーチャリングで参加した「BIRTH 〜You're the only one Pt.2〜 feat. MAY'S」がUSENでスマッシュヒットを記録。

2007年11月14日には、CLIFF EDGEとのスプリットミニアルバムを「Dear...」をリリースした。
2008年7月2日、1stシングル「My Everything」にてVenus-B /KING RECORDSよりメジャーデビュー。

2009年1月13日に、メジャーデビューアルバム『Dreaming』を発売。オリコンウィークリーチャート初登場6位を記録、一躍注目を集める。初の東名阪ツアーを行い、ファイナルの渋谷O-Eastワンマン公演をSOLD OUTさせ、大成功を収める。

飛躍の年となった2009年はシングル「I WISH」「I LOVE YOU が言えなくて」「ONE LOVE 〜100万回のKISSでアイシテル〜」をリリース。いずれも着うた(R)、着うたフル(R)のDLを含めスマッシュヒットを記録し、2010年1月13日にセカンドアルバム『Amazing』をリリース。自己最高となるオリコンデイリーチャート3位、ウィークリーチャート4位を記録。人気と評価を確実なものにした。3月24日には、珠玉のコラボレーション楽曲を集めた「Featuring 〜コラボベスト〜」をリリース。
2010年は、5月5日に配信限定シングルとして映画:音楽人の主題歌でもある「星の数だけ抱きしめて」をリリースすると同時に、同映画の挿入歌の担当やMAY'S自身の出演も果たす。
6月16日には、2ndアルバム「Amazing」リリース後に開催した全国7箇所でのワンマンツアーのファイナル公演を収録したLIVE DVD"Amazing"をリリースし、オリコンデイリーチャート(音楽DVD)5位を獲得し、ライブアクトとしての評価も高まる。
その後,8月に「遠くへ〜Spread Your Wings〜」、10月にライブ会場・限定販売シングル「SUPER SONG」をリリース。

2011年1月19日には、初のアニメ主題歌を含む「君に届け…/WONDERLAND」をリリース。壮大なバラードに挑戦し、MAY'Sとして新たなフィールドを見せつけた。2月16日には2010年5月からのシングルを収録したサードアルバム「Cruising」をリリースした。


「MAY’S(メイズ)」という名前の由来。
二人の共通点が同じ「5月生まれ」という意味から付けたものである。ちなみに結成して数分で決定した(in マック)。よくボーカルの名前が舞子なので、舞子のユニットだから「マイズ」、と間違われる事が多い。結成当初は小文字表記で「May’s」だったが、気分的に「MAY’S」に変更。大文字に変えたのは、これといって深い意味はない。

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STORY

ボーカルの片桐舞子と、トラックメイカーの河井純一 a.k.a. NAUGHTY BO-Zによるユニット「MAY'S(メイズ)」。専門学校当時にクラスメイトだった二人は、学校の課題提出のためにMAY’Sを結成する。二人が通っていたのは音楽の専門学校だったため、学期末に楽曲を制作して提出しなければいけなかったのだ。出席番号が一つ違いで席が前後の二人。片方は曲が作れて、片方は歌が歌えるから、という安易な考えで結成に至った。

ボーカルの片桐舞子は群馬県片桐会片桐流民謡の家元の娘として生まれ、両親ともに民謡の師範という唄のサラブレッドである。「お腹の中で歌を覚えた」と彼女は言う。高校時代にバンドを結成し、ボーカルを経験していた事もあったが、上京入学後は様々なユニットを転々をしていた。トラックメーカーの河井純一は MAY’S結成直前までロックバンドを組んでギタリスト兼ソングライターとして活動していた。しかしバンドの活動がほぼ停止状態になり、途方にくれていた時期だった。二人とも過去にバンドを組んでいた経験があるため、心のどこかで自分のホームとなるグループを探していた。MAY'Sの結成は二人にとって、東京での本格的な活動スタートととなったのである。

ジャンルに関係なく「とにかく歌が好き」という片桐舞子は、ポップスからロックまで幅広く音楽を好んだ。しかし自分のテクニックなどを限界まで生かせて、それでいてメロディアスな「R&B」という音楽に魅力を感じ、マライヤ・キャリーやホイットニー・ヒューストン、セリーヌ・ディオンなどを歌い込んだ。ただ「自分の原点はドリカムにある」というほど吉田美和に影響を受けていた彼女は、90年代の音楽が持つ「本物だが、聴きやすくポピュラー」という世界観を何よりも大事にしている。

MAY'S結成直前までロック小僧だった河井純一は、父親や姉の影響で昔からAORやR&Bが大好きだった。演奏するのは派手なハードロックが好き、でも聴くのは心地良いR&Bが好き、というちょっと変わったロック小僧だったのである。バンド活動停止が良いきっかけになり、今までと全く違うジャンルをやってみようと思い、MAY’Sではロック時代と180度違う音楽スタイルに切り替える。80年代以降のポップス、ブラコン(ブラック・コンテンポラリー)や90年代のニュージャックスウィングなどを傾倒している彼もまた、昔のブラックミュージックが持つ本当の意味での「ポピュラーミュージック」を常にモットーとしている。

幼少の頃から民謡の家で育った片桐舞子と、元ロックギタリストだった河井純一による、新しくも異色なコンビネーション。それらが生み出すサウンドは、R&B、ポップス、オールドスクールから最新のメインストリームまで。あくまでも”本物の音”にこだわり、そして彼らなりの解釈でフィルタリングしている。本場の真似事ではない。日本人にしか出来ない事は何か?日本人にしか伝わらない事は何か?本物の音と融合した、飾らない等身大のストーリーを感じて欲しい。

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